(社説余滴)日韓慰安婦合意の悲哀 箱田哲也

2019年12月29日

日本と韓国が交わした何とも不憫(ふびん)な約束である。

 ちょうど4年前の昨日、両政府が発表した慰安婦問題の合意のことだ。

 「合意は違憲」と反発する元慰安婦らの訴えは一昨日、韓国の憲法裁判所で却下された。だがそんな判断を待つまでもなく、すでに日韓両政府によって骨抜きにされてしまっている。

 韓国の文在寅(ムンジェイン)政権には、前政権が元慰安婦らの声に耳を傾けずに発表を強行したとの誤解がある。実際には政府当局者が十数回、被害者側と会い、意見を交渉にも反映させたが、文政権は被害者らのケアにあたる財団を解散させた。

 韓国では、日本に出し抜かれたのでは、との疑心が今も渦巻く。だが当時、合意案の承認を最後まで渋ったのは、韓国大統領府ではなく安倍首相の方だった。

 合意は過去に例を見ないほど明確に、日本政府の責任や謝罪、反省をうたう。

 それがよほど屈辱的だったのか。日本側は譲った部分を強調すまいと腐心した結果、心通わぬ契りと受け取られて漂流。首相が最もこだわった日本大使館前の像の撤去も遠のいた。

 そもそもこの合意は公式の当局間協議ではなく、両首脳の意を受けた交渉団が人知れず韓国のある都市で接触を重ね、結実させた。

 ナショナリズムを刺激する敏感な問題だけに静かな環境が必要だったことに加え、両政府内に存在した交渉の妨げになりうる人物の介入を避けるためだ。

 米国の仲介でなく、日韓間で独自にまとめた点でも歴史的と言える。

 慰安婦の実態は明らかになっていないことが多い。せっかくの汗の結晶だけに本来なら真相究明などの起点とすべきだったが、事態は逆の方向に進んだ。

 とりわけ韓国では陳腐な勝ち負け論や国内の「世論」にもまれ、にわかに色あせていった。

 不幸な過去を背景にした二つの国が和解することの重みと難しさを、慰安婦合意は示している。

 4年という歳月は、両国が少しは冷静に思考できる時間となっただろうか。

 目下、政府間の最大懸案である徴用工問題は、ついに越年することになった。その解決策をさぐる上でも慰安婦合意が残した教訓は多いと思う。

 (はこだてつや 国際社説担当)

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