「慰安婦像キック」で大弱りの台湾・民進党 — 2018年9月21日

「慰安婦像キック」で大弱りの台湾・民進党

日本人の「慰安婦像キック」で大弱りの台湾・民進党
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54142
9月21日(金)6時12分 JBpress

台湾・台北で行われた、日本政府に台湾人慰安婦への謝罪を求める抗議集会(2018年8月14日撮影)。(c)AFP / SAM YEH〔AFPBB News〕

 日本では「親日的」とみなされがちな国・台湾にまで設置された慰安婦像。もちろん日本としては看過できない問題だが、無分別な抗議活動は逆効果をもたらす。右翼系活動家の日本人が、あろうことか慰安婦像にキック。この一蹴りが台湾で大問題に発展し、与野党間の政争の材料にまでなる事態に陥っている。1人の日本人の蛮行は、一体なにを引き起こしたのか。ルポライターの安田峰俊氏が報告する。(JBpress)

 

与野党両党を巻き込む大きな国際問題に

今年(2018年)9月6日、日本の右派系市民団体「慰安婦の真実国民運動」の藤井実彦(ふじい・みつひこ)幹事(当時)が、台湾(中華民国)台南市内の中国国民党施設敷地内に設置されていた慰安婦像を蹴りつけるようなポーズを取った。

この日、藤井氏はもともと、像を設置した台南市議の謝龍介議員(国民党)に対して抗議に出向き、要求書を手渡して像の即時撤去を求めていた。「像蹴り」はその後に発生し、謝議員が自身のフェイスブック上で監視カメラの映像を公開したことで広く知られることになってしまった。

その後、日本台湾交流協会台北事務所(事実上の日本大使館の代替機関)に対する抗議デモが起き、事務所にペンキが投げつけられる事件も発生した。台湾メディアの報道量はかなり多く、事態は民進党・国民党の与野党両党を巻き込む大きな国際問題となっている。

藤井氏のバックグランド(新宗教団体・幸福の科学の信者とされている)や、その宗教的・政治的な動機については、宗教ジャーナリストの藤倉善郎氏が詳しい記事を発表している(参考:「台湾『慰安婦像キック問題』の背後に『右派カルト』。大手メディアは沈黙」、ハーバー・ビジネス・オンライン)。

本記事では主に、台湾側の反応や、事件が現地社会にもたらした影響について詳しく紹介していくことにしよう。

 

「邪教」の信者と報じられる

今回の像蹴り事件は、対日歴史問題への関心が強い藍色陣営(国民党系、中台融和派)のメディアのみならず、『自由時報』『蘋果日報』をはじめとした緑色陣営(民進党系、台湾自立派)の媒体でも盛んに報じられた。台湾の日本報道の特徴は、日本語ができる人材がメディアの内部にいるケースが多いことから、日本のネット記事や問題当事者のSNSの投稿などが豊富に引用されることだ。

今回の件でも台湾の大手ケーブルTV局傘下のニュースサイト『ETtoday新聞雲』が、藤井氏が自身のFacebook上で「足が痺れていたのでストレッチをおこなっただけ」と釈明したことを報道。さらに、藤井氏が自身のページに抗議コメントをつけた台湾人に、慰安婦像は「disgusting(胸糞が悪い)」で、慰安婦問題は韓国人による「blackmail(恐喝行為)」であると英語で回答したこと、その後に投稿の大部分を非公開にして「逃亡」したことまで、詳しく報じている。

また、藍色陣営系の中天電視のWEB版『中天快点TV』はさらに踏み込み、9月11日付けで「国際的に札付き! 藤井実彦はかつて慰安婦漫画展を阻止しようとしていた」と題した記事を掲載。右派系の市民運動「論破プロジェクト」を主催する藤井氏が、2013年にフランスのアングレーム国際漫画展に慰安婦問題を否定する内容の漫画を出品して韓国側出品の慰安婦漫画への「反撃」を図ろうとしたものの、主催者側に困惑されて出展を断られたことまで伝えている。

同記事には藤井氏のバックグラウンドについての言及もある。以下に大意を紹介しよう。

“アニメや漫画を重視する日本の若い世代は、藤井実彦氏の(上記の慰安婦漫画の件について)騒ぎを起こす行為をまっとうなものであるとは見ておらず、彼が無理にトラブルを起こしていると見なしている。今回、藤井氏が台南の慰安婦像を蹴るポーズを見せた事件を含めて、ツイッター上では批判一色となっており、ついでに彼の「幸福実現党」の身分まで掘り出されることになった”

“もともと「幸福実現党」とは、1984年に成立した現代宗教の「幸福の科学」をルーツとしており、教義の内容は特に厭世的だったり終末論的だったりはしないが、守護霊とコミュニケーションしてつながることができると言っており、多くの日本人からはオウム真理教の後を継ぐカルト宗教組織であると見られている。多くの人は敬してこれを遠ざけ、彼らと関わり合いになりたいと思っていない”

ほか、香港の伝統的な中国語紙『大公報』のWEB版も、9月12日付けで「藤井実彦を徹底解明、カルト宗教メンバーと見られていた」と題する記事を発表。やはり幸福実現党や幸福の科学について言及し、「日本右翼分子藤井実彦」が所属する「邪教(=カルト宗教)」であると断じている。

 

統一地方選を前にした政権叩きの材料に

台湾において、慰安婦問題は与野党を問わず国民的な問題だが、対日歴史問題の追及に熱心な野党・中国国民党など藍色陣営のほうが、高い関心を持っているのも確かである。藍色陣営は、これまでも「親日」「媚日」をキーワードに蔡英文政権を攻撃することが多かった(もっとも、国民党の馬英九前総統も、実は経済や民間交流の面では相当に「親日」的だったのだが)。

そのため、今回の慰安婦像蹴り事件は、今年11月の統一地方選での巻き返しを狙う藍色陣営に政権攻撃の材料を与え、また地方選候補者たちが知名度アップを図るための格好のアピール材料になっている。

例えば、像蹴り事件の直前に藤井氏から抗議文を手渡された国民党所属の台南市議・謝龍介議員は、日台交流協会への抗議デモの主催や、事実上の台湾駐日大使である謝長廷氏に向けて安倍総理への公式な抗議声明の発表を求めるなど、問題の「当事者」であることを世間一般に知ってもらおうと、非常に華々しい動きを見せている。

ほか、馬英九政権時代の総統府スポークスマンで、次回の台北市議選に国民党から立候補予定の羅智強氏は、自身のFacebook上で「蔡英文と謝長廷のいずれが、像蹴り事件の元凶か?」と題したアンケートを実施。いずれにしても民進党叩きが目的のアンケートなのだが、6600人近い回答を得る(投稿自体にも2900人以上の「いいね」などの反応が付いた)など、この問題をうまく利用して支持者固めや政権与党叩きに結びつけることに成功している。

また、過去に靖国参拝反対運動をおこなうなど、対日強硬派で知られる藍色陣営寄りの立法委員(国会議員に相当)の高金素梅氏も、今回の一件を受けて怪気炎を上げている。

高金氏は、かつて沖縄戦で犠牲になった台湾人日本軍兵士を追悼する石碑に蔡英文が揮毫した行為を、日本の侵略行為を肯定する振る舞いだとして批判。その文脈のなかで、像蹴り事件についても「たまたま起きたものではない」と述べ、「(日本に媚びる)民進党は台湾を裏切った失政集団だ!」と、激烈な政権批判に結びつけている。

藍色陣営系の媒体のほか、「反・蔡英文」を打ち出すネット上の政治グループはこぞってこの問題を批判的に取り上げており、彼らのFacebookのポストには数百件近い怒りの書き込みが殺到する例も珍しくない。道義的に考えて明らかにひどい問題(緑色陣営の支持者でも不快感を抱かざるを得ない問題)が起きたことで、像蹴り事件は藍色陣営の支持者の団結を固める効果をもたらしているようだ。

 

グダグダのコメントを出す民進党候補

対して困っているのが与党・民進党の側である。像蹴り事件が起きた台南市はもともと、民進党の固い地盤のひとつで、日本への好感度も高い地域だ。民進党は対日歴史問題については国民党ほど厳しい姿勢を取っていないが、いっぽうで台湾という土地への愛着を訴え、かつリベラルな価値観を前面に打ち出している党である。

台湾人の女性が過去に意に沿わぬ苦しみを被った点や、フェミニズム的な観点からは、民進党としても慰安婦問題にそれなりの誠実さを示さないと支持者に申し訳が立たない。いっぽう、国民党のような対日歴史問題批判は票につながらないし、このジャンルで国民党と勝負しても民進党の強みは打ち出せない。

民進党の現立法委員で、次期台南市長選に立候補予定の黃偉哲氏は、緑色陣営系メディアの『自由時報』の9月11日付け記事のなかで以下のように話している。実に歯切れの悪いコメントだが、大意を訳すことにしよう。

“慰安婦事件は簡単に言えば、戦時中に日本軍部が台湾・韓国などの国家の女性を軍中の慰安婦の仕事に就かせたもので、どのようにして(女性らが慰安婦に)なったにせよ、ともかく相当多くの女性は非自発的(な就業)だったのであり、これはおそらく日本政府に対して厳しく非難をおこなうべきものだ。ただ、このことと現在の日本政府には関係がないわけだが、しかしながら日本政府の態度は非常に重要なのであり、(日本政府が)歴史に向き合うことを望むかどうか、これが実に重要だ”

“しかしながら、いかなる政党もこのこと(=像蹴り事件)で政治的な操作をおこなったり、選挙のなかでの利益を得ようとすることは好ましくない”

2016年の女性総統誕生ブームの熱気も沈静化した昨今。蔡英文や民進党の支持率が頭打ちになり、今年11月の統一地方選をどう切り抜けるかで頭を悩ませている大変なときに、日本から来た市民活動家が「いらんこと」をやりやがって・・・、と内心で苦々しく思っているのであろう。

*  *  *

日本国内で保守的な論調をとる日本会議系や幸福の科学系の政治活動家やそのシンパには、中国への反発感情ゆえか「台湾好き」(≒「親日」とみなされがちな民進党・緑色陣営好き)を公言する人が少なくない。だが、そうした人たちの行動が逆に、民進党陣営を思い切り追い詰める結果を生んでいるのが、今回の像蹴り事件というわけだ。

与野党の別を問わず、台湾のみなさんに大変ご迷惑をおかけしている今回の一件。日本国内での報道量は決して多くないのだが、決して同様の事態が再発することがないように祈るばかりである。

筆者:安田 峰俊