櫻井よしこ氏の「日本軍強制説」 — 2019年6月28日

櫻井よしこ氏の「日本軍強制説」

櫻井よしこ氏は「慰安婦」を「日本軍強制説」で報じていた
徃住嘉文|2019年4月19日

『朝日新聞』の日本軍「慰安婦」の記事を「強制連行を捏造した」と非難している櫻井よしこ氏が、自身も「日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた女性たち」とテレビ、雑誌で報道していたことがわかった。

自身の報道を棚にあげ、他者を「捏造」呼ばわりするのはアンフェアではないだろうか。

櫻井よしこ氏がキャスターを務めていた日本テレビのニュース番組「NNNきょうの出来事」と見られる動画がある。1992年12月9日、東京で開かれた「日本の戦後補償に関する国際公聴会」を櫻井氏にうり二つの女性はこう放送した。「第2次世界大戦中に、日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた女性たちが、当時の様子を生々しく証言しました」。画面では「韓国人元慰安婦」の字幕とともにチマチョゴリ姿の元「慰安婦」が公聴会の壇上で叫ぶ。「私の一生を台無しにして! 日本政府は隠さないでしっかり謝罪したらどうなの!」

男性アナウンサーの声。「これは元従軍慰安婦らから事情を聴き日本政府に謝罪と戦後補償を求める公聴会です。今回初めて名乗り出たオランダや北朝鮮の元従軍慰安婦8人が当時の様子を生々しく語りました」

壇上では元「慰安婦」たちが泣いている。字幕の説明。「感極まって、韓国と北朝鮮の元慰安婦が抱き合った」。中国の元「慰安婦」、万愛花さん(64歳、当時)のインタビューもある。「私は15歳でした。日本軍に襲われて両手両足を押さえられ、乱暴されました」。約3分弱の動画だ。

フェイクの時代だ。万が一にもと日本テレビに動画の確認をお願いした。「放送したものがすべて。答えられない」。櫻井氏からも「裁判中なので」と取材を断られた。

「責任痛感すべき私たち」

しかし、櫻井氏は92年7月18日号の『週刊時事』(時事通信社)でも次のように書いている。〈東京地方裁判所には、元従軍慰安婦だったという韓国人女性らが、補償を求めて訴えを起こした。強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えは、人間としても同性としても、心からの同情なしには聞けないものだ〉〈売春という行為を戦時下の国策のひとつにして、戦地にまで組織的に女性達を連れていった日本政府の姿勢は、言語道断、恥ずべきであるが、背景にはそのような政策を支持する世論があった。とすれば、責任を痛感すべきは、むしろ、私たち一人ひとりである〉

櫻井氏は、この記事などを再録し『櫻井よしこが取材する』(ダイヤモンド社)を94年に出版した。少なくともこの年まで、櫻井氏は、日本が国策として強制的に「慰安婦」にしたと伝えていたことになる。ちなみに、手元にある本は櫻井氏のサイン入りだ。フェイク本ではおそらく、ない。

(徃住嘉文・報道人、週刊金曜日 2019年4月19日号)

植村裁判 意図的に事実と異なる記事…請求棄却(読売) —

植村裁判 意図的に事実と異なる記事…請求棄却(読売)

意図的に事実と異なる記事…元朝日記者の請求棄却
2019/06/27 08:51

朝日新聞社のいわゆる従軍慰安婦問題の報道を巡り、元朝日記者の植村隆氏(61)が、自身の執筆記事について、記事や論文で「捏造(ねつぞう)」と記述され、名誉を傷つけられたとして、文芸春秋と西岡力・麗沢大客員教授に計2750万円の損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁(原克也裁判長、大浜寿美裁判長代読)は26日、植村氏の請求を棄却する判決を言い渡した。

判決によると、植村氏は1991年、元慰安婦として名乗り出た女性(故人)の証言を記事にし、週刊文春の2014年2月6日号などの記事や西岡氏の論文は「捏造記事と言っても過言ではない」「悪質な捏造報道」などと記述した。判決は、植村氏には女性が日本軍に強制連行されたとの認識がなかったのに、「戦場に連行された」と報じたと指摘。「意図的に事実と異なる記事を書いた」として、被告側に賠償責任はないと判断した。

読売

植村隆氏が韓国紙に登場 バッシングも裁判敗訴も日本の右傾化のせい —

植村隆氏が韓国紙に登場 バッシングも裁判敗訴も日本の右傾化のせい

「慰安婦誤報」の植村隆氏が韓国紙に登場 バッシングも裁判敗訴も日本の右傾化のせい
2019年6月28日掲載

植村隆氏といえば、いわずと知れた「慰安婦誤報」の元朝日新聞の記者だ。現在、「週刊金曜日」の発行人を務めつつ、韓国のカトリック大学校招聘教授を委嘱されて週に3日は韓国で過ごしているという。

同国では益々ご活躍のようで、6月15日には韓国の京郷新聞(ネット版)にインタビューが掲載され、18日にはソウルのプランチスコ教育会館で「歴史歪曲に対立して戦った日本報道人・植村記者に聞く」なる講演を実施。さらに19日には中央日報にもインタビューが載るなど、いまだ英雄扱いのようで――。

***

そもそも、1991年8月11日に朝日新聞大阪版に掲載された植村氏の“スクープ”は、「思い出すと今も涙」という記事で、慰安婦の支援団体から入手した元慰安婦の金学順さんの証言テープをもとに執筆されたものだ。

記事は〈日中戦争や第2次大戦の際、「女子挺身隊(ていしんたい)」の名で戦場に連行され……〉と始まって、韓国に先駆け、韓国人元慰安婦の証言を紹介した。その後の同国の反日・慰安婦活動に火をつけたきっかけとなった。

ところが、金さんの記事が出た後、「養父によって慰安所に売られた」と発言。軍によって連行されたわけではなかったことが判明し、すでに朝日新聞(2014年12月23日付)は〈この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません〉と訂正した。

それでもなお、植村氏は韓国では英雄扱いされているようだ。在ソウルの邦人記者は言う。

「京郷新聞というのは革新系の新聞ですが、インタビューではジャーナリストの櫻井よしこさんらを相手に訴えた裁判で負けた理由については、“日本の裁判所が右傾化している証拠”などと言いたい放題です。おまけに古巣の朝日新聞にまでケチをつける始末……」

一体どんなインタビューなのか、一部を紹介すると――。

〈記者とは宿命的にウソを暴露し、不正と戦う職業だ。暴露して戦う対象が巨大なほど、記者の評価も高まる〉と大上段の構えから入る京郷新聞の記者は、植村氏をこう紹介する。

〈日本人の彼は、日本の右翼と安倍政権と戦っている。民間勢力と権力が結合した巨大な相手だ。「朝日新聞」の記者だった彼は1991年8月11日、韓国人元従軍慰安婦の金学順おばあさんの事例を初めて紹介した。この報道はその時まで、一種のエピソードと考えられていた日帝植民支配時代の従軍慰安婦問題を、人倫に逆らう戦争犯罪にすることに決定的な役割を果たした……〉

まさにヒーローである。

みんな右翼のせい
まずは植村氏が名誉毀損で訴えた裁判の経過から。

植村:名誉毀損の訴訟は2カ所で行われている。東京で西岡(力)・東京基督教大学教授と、札幌では櫻井よしこという右翼ジャーナリストを相手にしている。昨年11月に札幌で下りた一審判決では私が負けた。判決は、櫻井が私の名誉を毀損したことは事実だが、櫻井が人身売買で慰安婦になったと信じるにたる相当な理由があるというヘンな論理で無罪を言い渡したのだ。東京での一審判決は6月26日に宣告される。

そんなヘンな論理だっただろうか。札幌での一審判決を朝日新聞がどう報じたかといえば、〈……櫻井氏の論文などが植村氏の社会的評価を「低下させた」と認めた。一方で、櫻井氏が他の新聞記事や論文などから、植村氏の記事は事実と異なると信じたことには「相当の理由がある」などと結論づけた〉(18年11月19日付)。しかし、植村氏は裁判で負けた理由をこう解釈している。

植村:1991年8月11日、私の書いた記事は、韓国挺身隊問題対策協議会が金学順おばあさんの証言を調査しているという内容だった。争点は慰安婦に対する強制性だ。「強制的に連れていった」というおばあさんの証言だけで証拠の文書はない。だから私は報道で「強制」という言葉は使わなかった。それでも、こうした判決が出たのは、日本の裁判所が右傾化したためだ。

「強制的」どころか「養父に連れて行かれた」のだが……。それにしても「裁判所が右傾化したから負けた」というのだから恐れ入る。たしかに親日が罪になるような韓国の裁判所であれば、植村氏に軍配が上がるかもしれない。なにしろ、慰安婦問題を客観的に論じた「帝国の慰安婦」の執筆者である朴裕河・世宗大学校日本文学科教授を、検察が虚偽だと起訴するような国である。その日本語版書き下ろし版を出版したのは、ほかならぬ朝日新聞出版なのである。

これについて、京郷新聞の記者はこう問うのだ。〈『帝国の慰安婦』という本は、慰安婦は自発的であり、日本軍と同志的という観点の本である。そのような本を出すのは朝日が保守化したという証拠ではないか?〉

植村:朝日新聞出版の判断だろう。系列社ではあるが、金儲けのためには何でも出版するところだから。日本には朴裕河のような人を信じたい知識人もいるが、大抵はその分野には関心がない。

言いたい放題だ。だが、これに対して当の朴裕河教授は、Facebookでこう反論している。

〈植村記者には一度も会ったことがない。彼が私について批判的な立場であることが確認できる資料を目にした程度である。しかし、ここまでデタラメを言う人とは知らなかった。
朝日新聞出版社から私の本を出してくれた人は朝日新聞社の仕事もしていた。その構造を詳しくは知らないが、見たところでは、朝日新聞社と朝日新聞出版社は、まったく別個の組織ではない。 その構造を知らないはずがない元朝日新聞記者がこんなことを言っていいのだろうか。〉

さらに記者から、その「帝国の慰安婦」に毎日新聞から「アジア太平洋賞」が与えられたことを引き合いに、〈安倍首相の極右政策に日本の知識人たちもお手上げなのはなぜか?〉といった質問が飛び出すと、

植村:日本の知識水準が高くないから(笑)。思想に根っこがないから、右翼から「殺す」と言われれば怖がる。いいときは言えるけれど、弾圧的になると何も言えなくなる。昨日まで友達だったのに、急にそっぽを向くような人もいる。

右翼右翼と言うけれど……。朝日新聞の慰安婦報道により、韓国は反日の勢いを増し、国内のみならず慰安婦像を世界中にばらまいた。その一方で、日本がどれほど国際社会での評価が失墜され、日本人がどれほど不利益を被ったことか。金おばあさんはもちろん気の毒ではあるが、養父に連れて行かれたのだ。国による強制とは次元の異なる話であり、当時、貧しさから慰安婦にならざるを得なかった女性は、韓国人よりも日本人のほうがはるかに多かった。にもかかわらず、なぜ韓国人だけが不幸なのか。右翼でなくとも文句を言いたくなる人は少なくないだろう。前出の朴教授も呆れている。

〈怒りより、言論人も知識人も自分の主張と異なる場合はただただ「右翼!」とレッテル貼りすることぐらいしか戦う方式を開発できなかったことに、ため息が出る。〉

週刊新潮WEB取材班 デイリー新潮 1  2

河野洋平元衆院議長が講演「強制性あった」慰安婦問題で — 2019年6月26日

河野洋平元衆院議長が講演「強制性あった」慰安婦問題で

河野洋平元衆院議長が講演「強制性あった」慰安婦問題で

河野洋平元衆院議長は26日、東京都内で講演し「中国、韓国、北朝鮮という極東アジアとの関係にもっと力を入れ、外交資源を集中的に使うことが必要だ」と述べた。日韓関係については「お互いに良い部分を見つけ合って、話し合いを続ける必要がある」と強調した。

慰安婦問題に関して河野氏は「強制性があったと今でも思っている。植民地支配が前提にあり、戦争になり、軍が全体を仕切っていたという状況をみれば、それ自体が非常に強制性はある」と持論を展開した。

韓国が慰安婦問題をめぐる日韓合意の中核である「和解・癒やし財団」の解散方針を発表したことについては「日韓の外相会談で合意している。(当時外相だった)岸田文雄政調会長が不本意だというのは当然だ」と述べるにとどめた。

河野氏はまた、安倍晋三首相の外交姿勢について「そんなに成功しているとは思わない。日露交渉はどうにもならない」と批判した。

産経 2019.6.26 screenshot

崔碩栄 韓国の本当の「強制連行」 —

崔碩栄 韓国の本当の「強制連行」

本当の「強制連行」を忘却した韓国の本音
崔 碩栄 (ジャーナリスト)

韓国の熟年層以上の人であれば誰でも知っている『断腸のミアリ峠(단장의 미아리 고개)』という歌がある。朝鮮戦争(1950-1953)から3年後の1956年に発表され大ヒットした歌で、韓国において長い間、愛されてきた「国民歌謡」の中の一つだ。この曲が愛された理由は、その歌詞の「リアルさ」が韓国民の心に響いたからだ。次のような歌詞である。

Youtube: https://youtu.be/zeHIg6NBb6c

「断腸の彌阿里(ミアリ)峠」

断腸の彌阿里峠
あの人が越えて行った 別れの峠
火薬の煙が前を塞ぎ、目を開けず さまようとき
あなたは有刺鉄線で二つの手をしっかりと結ばれたまま
振り返り また 振り返り 裸足の足を引きずりながら
連れていかれるこの峠 恨みの多い 彌阿里峠

韓国歌謡「断腸の彌阿里峠」(1956)
作詞:半夜月 作曲:李在鎬 歌:李海燕

ミアリはソウルの東北部にある地名で、過去には北朝鮮とつながる道があった。北朝鮮は朝鮮戦争でソウルへ侵攻するときも、後退するときも、ここを通って移動した。歌詞の内容は朝鮮戦争中にソウルを占領していた北朝鮮軍が連合軍の反撃に遭い後退していくときに、ソウルから政治家、学者、技術者、宗教家、芸術家、などを大勢、強制的に北に連れて行ったのだが、そうして連れていかれる人の心情を歌ったものだ。まさに「強制連行」の被害を歌っているものだ。

戦時中、南のエリートたちを虐殺、強制連行した北朝鮮
北朝鮮がどのようにして強制連行したのかについては、たくさんの証言と記録が残っている。例えば次のようなものである。

9月12日から西海岸一帯で国連軍による大々的な爆撃が強行され15日から仁川上陸作戦の前哨戦が繰り広げ始め、これに慌てた北朝鮮軍はこの夜から、各刑務所に秘密監禁され収監中だった人々を皆次々と縛りミアリ峠と永川峠の二手に分かれ北朝鮮へと拉致を始めた。

そして病気で歩けない人は、それぞれの刑務所、各監禁所の中で、または山に連れて行って、そのまますべて射殺してしまった。このとき射殺された人は金允實(牧師)、 全仁善(牧師)、姜遂昌(警官)、朴潤準(言論人)等、数百人にのぼる。

議政府方面に連れていかれた人の中には朴俊植 (検事)、李愚卿(判事)、鄭義和(判事)、李春根(軍人将校)、林聖大(警官) 、崔杯(内務長官秘書)、許南洙(国会総務課長)、文澤圭(弁護士)、 林俊洙(法官)、李福本(演劇俳優)など3000人にのぼった。

東亜日報 1962年4月3日

朝鮮戦争前、そして戦争中、自ら北に渡って行く人も少なくなかった。彼らのうちの多くは南側に居た社会主義者、共産主義者であった。だが彼らとは違い「自分の意志に反して」北朝鮮に連れていかれた人たちも間違いなく存在する。

彼らは韓国では「戦時拉北者」と呼ばれている。韓国政府の統一部は、朝鮮戦争中北朝鮮に連れていかれた人は10万人と推定している。彼らの大部分は南に戻ることなく、北朝鮮で処刑されるなどし、死亡した。

70~80年代。私がまだ幼かった時節であるが、その頃を考えてみても「拉北」という言葉はニュースやテレビドラマなどで時々耳にすることがあり、それは身近な問題だった。朝鮮戦争を実際に体験した人たちがまだ中高年層として社会に影響力を持っており、拉北者家族たちも多かったためだろう。

だが、時間が流れ北朝鮮と協力、共存を訴える文在寅政権になった今日、マスコミでも学校教育でも日常生活でも、それは死語となり、あったことすらも半分忘れ去られたような存在になってしまった。

朝鮮戦争後にも続いた「拉北」
しかし、謝罪も賠償も求めない韓国

また、朝鮮戦争(1950~1953)以降に北朝鮮に「連れていかれた」韓国人も存在する、彼らは「戦後拉北者」と呼ばれるが、認められている人数だけで3000人を超える。北朝鮮は主に海上で操業中の漁師を拉致するのだが、連れていかれた3835名中516人は今も戻ることができずにいる。北朝鮮は拉致した人たちを体制宣伝に利用したり、対南工作員として利用している。

だがどうしたことだか、韓国は彼らを放置している。送還、補償、謝罪など、何一つ要求しない。左派政府だけでなく、歴代の右派政府も同様だった。彼らを棄てたのだ。むしろ、韓国の拉北被害者たちに関心を寄せているのは、連携を図っている日本の拉致被害者家族や支援団体だ。

学校教育でもこういった事実は教えない。朝鮮戦争の最中に連れていかれた10万人の自国民、戦後連れていかれたまま戻れずにいる500人余りの自国民、その存在すらも若い学生たちは知らずにいるのだ。

一方、日本に対しては募集による渡日、それも年齢や学力を偽ってまで志願した者についても「強制連行」、「事実上の強制」だという名目で、マスコミや政府が前に立ち謝罪を要求し、学校でも繰り返し強調し、学生たちに日本に対する反感を植えつける。あまりにも対照的な姿だ。

このダブルスタンダード、つまり北朝鮮に対する姿勢と、日本に対する姿勢の差異。この不均衡と偏りこそ、韓国が日本に要求する「賠償と謝罪」問題の本質を示しているのかもしれない。韓国が言う「賠償と謝罪」とは、最終的に人権や記憶すべき歴史の問題ではなく、日本からの金銭的利益の誘導し、同時に恨みを発散している八つ当たりなのだ。しかもその作用は「同族」に対しては起きないという御都合主義的で、強い民族主義的な傾向を持つ。

こんなふうに言えば行き過ぎた表現だと思う人もいるかもしれない。だが少なくとも北朝鮮の強制連行に対し、韓国が非難の声をあげない限り、あながち間違った考えだとも言い切れないだろう。

昨今の日韓の情勢を見る限り、韓国は北の強制連行や拉致問題は棚に上げておいて、日本への批判、要求に集中すると思われる。しかし、その行動は実は本当の強制連行問題、つまり北朝鮮による非行を忘れたい、隠したい気持ちの表れではないかと思う。

WEDGE Infinity 2019年6月20日   

韓国 小学生向け教科書に「慰安婦」の名称 — 2019年6月25日

韓国 小学生向け教科書に「慰安婦」の名称

無断修正:小学生向け教科書に「慰安婦」の名称、「妊娠した慰安婦」写真を追加

「維新体制」は「維新独裁」、「北朝鮮は韓半島の平和と安保脅かす」は削除

韓国教育部はどこを無断で修正したのか

 昨年度の新学期に小学校6年生が学んだ国定社会科教科書は、従来の教科書から合計213カ所変更されていた。代表的な例は、1948年8月15日についての表現が「大韓民国樹立」から「大韓民国政府樹立」に変更されたことだ。第5単元(大韓民国の未来と平和統一)の導入部分からは、「北朝鮮は依然として韓半島(朝鮮半島)の平和と安保を脅かしている」という文を削除した。

 朴正熙(パク・チョンヒ)政権に関する記述も変わった。「維新体制」「維新憲法による統治」は「維新独裁」に変わり、セマウル運動関連の写真は消えた。5・16軍事政変(5・16軍事クーデター)の説明も変わった。従来の教科書は「政府が4・19革命(四月革命)後、各界各層のニーズに適切に対応できなかったため、朴正熙を中心に一部の軍人が国民生活の安定と共産主義反対を主張して軍隊を動員し、政権を握った」と記述していたが、修正後の教科書は「当時の政府が、経済を成長させるため立てた計画を理由に軍隊を縮小しようとすると、これに不満を抱いた朴正熙を中心とした一部の軍人が政府の無能と社会の混乱を口実に軍隊を動員して政権を奪った」と説明した。

 従来の教科書には従軍慰安婦に対する概念の説明はあったが、小学生を対象とした教科書なので、「従軍慰安婦」という名称は使用していなかった。だが、修正後の教科書には「慰安婦」という名称が入っている。さらに、妊娠した慰安婦の写真も追加された。

 この社会科教科書は昨年まで使用され、今年の小学校6年生は現政権が新たに執筆した国定教科書で学んでいる。新しい教科書は、「大韓民国樹立」ではなく「大韓民国政府樹立」という表現を使用しており、「韓半島唯一の合法政府」という表現は外した。また、ろうそく集会を紹介する内容を盛り込み、民主化過程を説明する分量は大幅に増やした一方、1960-80年代の韓国の経済成長を意味する「漢江の奇跡」という表現は外された。

キム・ヨンジュ記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 http://archive.is/MCAEr