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(慰安婦問題と韓国の国民情緒:上)慰安婦合意、反発の背景
2017年6月28日

慰安婦問題の日韓合意に対する韓国内の反発がやまない。日本政府にとってみれば、合意は韓国で政権が交代しても再び外交問題にしないと確約させる意味もあった。しかし、文在寅(ムンジェイン)大統領は前政権での合意を「国民の大多数が情緒的に受け入れていない」とする。合意の履行を難しくしている「国民情緒」とは何か。2回にわたって報告する。

 ■元慰安婦「謝罪がない」 手紙「毛頭ない」に衝撃

 「私は(事前に)合意を聞いたこともない。私はハンコを押したこともない」。元慰安婦の李容洙(イヨンス)さん(88)は5月31日、ソウルの日本大使館近くで毎週水曜に開かれる集会で、日韓合意についてこう批判した。参加者は慰安婦を象徴する少女像を囲んで集う。

 韓国の元慰安婦の一部は自分の名前を公表し、解決を求めて活動している。

 元慰安婦の支援団体関係者や韓国メディア関係者によると、多くの元慰安婦が名前を明らかにしないなかで、李さんらの発言は「勇気がある」と受け止められてきた。それだけに発言の影響力は大きく、それに異を唱えるような論評はしにくい雰囲気があるという。

 一方で、合意に基づいて韓国政府が設立した財団による現金支給事業について70%を超える元慰安婦が受け入れる意思を表明している。ただ、韓国政府高官は、当事者である元慰安婦が事前に説明を聞いておらず、同意もできないと批判したことが、韓国内での日韓合意をめぐる世論につながったとの見方を示した。

 李さんは集会で「お金ではない。謝罪を受けなければならない」とも訴えた。合意には安倍晋三首相の「おわびと反省の気持ち」が盛り込まれているものの、日本政府は元慰安婦に直接謝罪していないとの批判が根強い。

 昨年1月の衆院予算委員会。安倍氏は野党議員から合意に盛り込まれた首相の「おわびと反省」を自らの言葉で言うべきだと求められた。これに対し、安倍氏は「問われるたびに答弁すると最終的に終了したことにはならない」と拒んだ。

 直接謝罪がないとの批判に対応するため、韓国政府や財団では安倍氏から元慰安婦に「おわびの手紙」を送ってもらう案が浮上した。かつて日本政府が主導して設立した「アジア女性基金」の事業で、首相の「おわびの手紙」を送った実績があった。

 しかし、安倍氏は昨年10月の衆院予算委員会で「我々は毛頭考えていない」と一蹴。激しい拒否反応に韓国外交省幹部は「予想外で衝撃的だった」と振り返る。

 その後、「毛頭考えていない」という発言は慰安婦問題の解決を求める集会などで日本政府を批判する材料になった。結果的に安倍氏の発言は「おわびに誠意がない象徴と受け止められた」(韓国外交省関係者)。

 韓国外交省幹部は「日本政府がこの間言ってきたことは、『10億円を払ったから合意の責務は果たした。少女像を移転しろ』だけだった。こうした態度が韓国の国民情緒を刺激し、合意の履行をより難しくしている」と話す。

 ■集会、小5も参加

 韓国ギャラップが今年2月に実施した世論調査では、慰安婦問題の日韓合意について70%の人が「再交渉すべきだ」と答え、すべての年代で多数を占めた。実際、日本大使館近くで開かれる「水曜集会」には市民団体だけではなく、小学生や中学生、大学生も参加している。

 「お金はいらないから、謝罪を心からしてほしい」。5月31日の集会ではソウル近郊の小学5年生の男子児童が壇上でマイクを握り、こう訴えた。

 この子どもたちを引率していた教員によると、学校では社会科の授業で慰安婦問題を学んでいる。集会への参加も授業の一環だという。子どもたちに慰安婦問題について聞くと「10億円で解決しようとしている」「直接来て謝るべきだ」といった答えが次々に返ってきた。

 日韓合意から3日後の2015年12月31日には、日本大使館が入るビルに学生団体の約30人が乱入する事件も起きた。こうした行動には韓国でも批判はある。当時の団体代表で、ソウル中央地裁で今年5月25日に有罪判決を受けた女子大学生のキム・セムさん(24)は「刑法上、処罰を受けるとしても、歴史的、社会的には私の行動がはるかに正当性があった」と言う。

 韓国ギャラップの調査では、釜山の日本総領事館前に設置された慰安婦問題を象徴する「少女像」についても質問している。「そのまま置くべきだ」が78%。すべての年代、地域で「移転すべきだ」を上回った。

 今月17日に釜山の少女像を訪れると、立ち寄った人が記念写真を撮ったり、像をしばらく眺めたりしていた。金相今(キムサンクム)さん(66)は像の意義を説明したり、周辺を掃除したりするボランティア活動をしている。像は道路法に違反して設置されている。それを聞くと「歴史を伝える少女像に何の許可が必要なのか」と答えた。

     ◇

 次回は「国民情緒」と合意の履行との間で葛藤する人たちを紹介します。

 (ソウル=東岡徹)

 ■慰安婦問題の日韓合意(2015年末、要旨)

 ●慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、日本政府は責任を痛感している。安倍首相は、日本の首相として、心からおわびと反省の気持ちを表明する

 ●韓国政府が設立する財団に日本政府の予算で資金(10億円)を拠出し、両政府が協力し、元慰安婦の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行う

 ●両政府は、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する

 ●韓国政府は、在韓国日本大使館前の少女像について適切に解決されるよう努力する