米国で流行る造語と慰安婦問題 麗澤大学准教授・ジェイソン・モーガン

sankei 2019.11.5

最近の米国で流行(はや)っている「新しい英語」がある。日本ではまだあまりなじみがないと思うが、「woke」「virtue signaling」という2つの「造語」だ。この単語を知ると、米国で左翼系の人々を中心に、なぜ「慰安婦問題」が誤って理解され関心が持たれるのか、問題点が分かるかもしれない。

 ≪「woke」の新たな意味≫

 「woke」は、みなさんが中学などで習った語彙リストにも出たかと思うが「wake」の過去・過去分詞形で、普通は「目を覚ました」を意味する。しかし最近の米国では、使い方が大きく違ってきた。人々を「啓蒙(けいもう)している」などの意味合いで使われている。つまり、眼球が覚めたではなく、心の目が覚めた、というわけだ。

 この使い方で人々を「啓蒙している」人と、「啓蒙していない」人を分けられる。普通の、一般市民より自分の知識や理解がはるかに優れているという意味を持つ。「He is so woke」という英語は、文法的に間違っているが、「彼は、本当の物事の動きが分かっていて、社会の本当の問題などに目が覚めている」という意味になる。

 いうまでもないが、左翼同士で「woke」と言って褒め合っている。(ちなみに、左翼の目から見ると、保守系は決して「woke」ではない。「原始人」と呼んでいただいているわけだ)

 同じように「woke」の人は、「virtue signaling」をすることで、自分の「目が覚めた」状態を周りの人に知らせる。「virtue」(美徳)と「signaling」(発信)の造語で、自分のポリティカル・コレクトネス(政治的公正)を社会に発信して、自分の「wokeness」を伝えようとしている行動を指す。

 例えば、アメリカンフットボールの試合が始まる前に、星条旗の前で米国の国歌を斉唱するときに、歌うのを拒んで、跪(ひざまず)く選手がいる。本人に言わせれば、自分が「woke」だから跪いている、と答えるけれど、保守系の人によると、それは「virtue signaling」にすぎない。

 ≪自分をアピールしたい意識≫

 つまり、自分が人々を啓蒙している、自分が政治的に公正だとみんなに思われたい、という心境、精神が動機で、公の場で明らかに礼を失したことをあえてする。

 自分の道徳の優秀さを周りの社会に知らせている行動を「virtue signaling」と言う。それが事実を無視して独り善がりなら、「法螺(ほら)を吹く」と言う面白い日本語があるが、私はこれに近いと思う。

 「慰安婦問題」を例にしてみたい。韓国や米国の左翼の感情的な反応は半端ではない。最近もワシントン近郊の南部バージニア州に全米5体目の慰安婦像が設置されたことが報じられた。どうしてだろう。少しでも勉強すれば、韓国などによる「慰安婦は性奴隷」などという主張は、事実に基づかず嘘だと理解できるはずなのに。米国の人々は、そんなにだまされやすくないのに、自称エリートの人たちも、慰安婦問題の嘘を、なぜ信じ込むのだろうか。

 しかし、ポリティカル・コレクトネスにこだわる人は、自分の理解の深さ、知識の広さを常に宣伝して、アピールしたいと思っている。そこでは「慰安婦問題」がとても役に立つ。

 左翼系の人たちにとっては、慰安婦は、犠牲者だからだ。「woke」な人は、現在の人も過去の人もみな、「犠牲者」と「加害者」に分ける。「奴隷」と「白人」、「全世界」と「アメリカ」、そして「慰安婦」と「日本」など。前者は被害者で、後者は加害者だ。

 ≪歴史事実に関係なく責める≫

 いずれの場合にも、犠牲者の方を取って自分の優しさとポリティカル・コレクトネスを見せたいので、慰安婦問題に便乗して自分の「加害者」と「犠牲者」の分け方の腕を振るっている。

 とりわけ米国の左翼系の大学教授らはこの通りに動いている。米国の教授らは、慰安婦問題について話すと、歴史の事実が分かっていないにもかかわらず、居丈高に日本を責めることが少なくない。

 このパラドックス(逆説)の解読は、左翼系の人たちにとって慰安婦問題を追及する上で結局、歴史の事実は関係ない、ということではないか。

 正しいかどうかではなく、「virtue signaling」が目的なので、「慰安婦は性奴隷」などという誤った理解をしていても関係ない。繰り返して語ると自分も「woke」だと思われると考え、慰安婦問題を取り上げたり、慰安婦についての大騒ぎをあおったりするわけだ。歴史のファクトはどうでもいいのだ。

 昔は、野球といった米国の国民が共有する趣味のスポーツがあったが、今は残念ながら左翼はそれに興味を失い、「virtue signaling」に取り組んでいるように見える。悲しいのはそれは日本に対して大きな影響を与えていることだ。

https://special.sankei.com/f/seiron/article/20191105/0001.html