改革の取り組み、進めます 朝日新聞社慰安婦報道、第三者委員会報告書を受けて

朝日新聞社の慰安婦報道を検証する第三者委員会から、多くの問題点の指摘と提言をいただきました。これを受けて、「経営と編集の関係」「報道のあり方」「慰安婦報道」の三つの柱で、私たちが取り組んでいくことをみなさまにお示しします。▼1面参照

■経営と編集の関係 編集の独立尊重、原則不介入

<ポイント>

・経営陣は編集の独立を尊重し、原則として記事や論説の内容に介入することはしません

・経営に重大な影響を及ぼす事態であると判断して関与する場合には、関与の責任が明確になるよう、ルールをつくります

・社外監査役も出席する取締役会に正式な議題として諮るなど、議論を記録に残します

・社外の複数の有識者で構成する常設機関を設け、意見を求めます

・編集部門内に判断の根拠を開示して意見を求めるなど、経緯を透明化します

経営による編集(記事、論説)への関与をルール化・透明化します。

朝日新聞社では、記者が記事を書き、それをまとめて紙面を作る執筆・編集は、編集担当の取締役を最終責任者とする編集部門の判断と決定にゆだねられています。具体的には、編集担当取締役のもとにいるゼネラルエディターが日々の新聞づくりの指揮をし、全責任を負っています。経営に当たる役員が日常的な紙面作りで記事や論説の内容に口出しをすることはありません。

しかし、8月5、6日の慰安婦報道検証紙面を作る際、吉田清治氏(故人)の証言記事を取り消すことについてのおわび掲載に対し、「経営に重大な影響を及ぼす可能性がある」として当時の社長らから異論が出て、おわびを盛り込まない紙面を掲載することになりました。

また、ジャーナリストの池上彰さんのコラムについては、当時の社長が難色を示したことによって掲載が見送られました。しかも、経営陣が記事の内容に関与した際に、役員間で十分な議論はされておらず、正式な取締役会にも諮っていませんでした。当時の社長、編集担当と危機管理担当役員ら計4人が対応の中心となり、作成途中の紙面を見て意見や感想を他の役員に求める程度で、本格的な議論がされたとは言えませんでした。

第三者委員会の報告書は、経営と編集の関係について、「今回の問題の多くは、編集に経営が過剰に介入し、読者のための紙面ではなく、朝日新聞社の防衛のための紙面を作ったことに主な原因がある。経営には最終的に編集権も帰属する以上、編集に経営が介入することもあり得ないことではない。しかし、それは最小限に、しかも限定的であるべきだ」と指摘しています。

さらに、報告書は「編集に経営が介入するときには、第三者の意見を聴く必要が高いと思われる。編集に経営が介入するという非常事態の場合には、その介入の可否や介入の程度について意見を聴取するための常設の機関を設け、これを新聞記者出身以外の第三者によって構成することを検討すべきであろう」と指摘しました。

これらの指摘を重く受け止め、経営陣は編集の独立をいっそう尊重し、原則として記事や論説の内容に介入することはしません。経営に重大な影響を及ぼす事態であると判断して関与する場合には、関与の責任が明確になるよう、ルールをつくります。一部の役員だけでやりとりして決めるのではなく、社外監査役も出席する取締役会に正式な議題として諮るなど、議論の過程を記録に残します。また、社外の複数の有識者で構成する常設機関を設け、記事や論説の内容に関与する場合には、意見を求めることにします。

例外的に、経営が関与する場合には、編集部門内に判断の根拠を開示して意見を求めるなど、議論の過程を透明化する具体策を盛り込みます。池上さんのコラム掲載見送り問題では、見送り発覚後に東京本社の編集部門の部長会が総意としてコラム掲載を求め、掲載の後押しになった事例があります。

日本新聞協会の声明では、編集権の行使者として、「編集内容に対する最終的責任は経営、編集管理者に帰せられるものであるから、編集権を行使するものは経営管理者およびその委託を受けた編集管理者に限られる。新聞企業が法人組織の場合には取締役会、理事会などが経営管理者として編集権行使の主体となる」としています。

これを踏まえたうえで、朝日新聞社は今後、経営陣が記事や論説の内容に過度に関与し、紙面をゆがめることを厳に慎みます。読者のための紙面作りに必要かどうかという視点を貫き、「経営と編集の分離」原則を尊重して、「国民の知る権利」にこたえる紙面を作ることを肝に銘じます。

<第三者委の主な指摘・提言 「経営と編集の関係」について>

◇2014年検証記事

「吉田証言」記事を取り消した検証記事では、木村伊量(ただかず)前社長がおわびに反対した。経営幹部が謝罪しないことにしたのは誤り

◇ジャーナリスト池上彰さんのコラム掲載見送り

実質的に木村前社長が判断した。編集部門は掲載が見送られる結果を招かないよう努力し、経営幹部は真摯(しんし)に受け止めるべきだった

◇「経営と編集の分離」原則との関係

検証記事では、経営幹部の「社を守る」という大義で編集現場の決定が翻された。「経営と編集の分離」の原則を維持し、記者たちの自由闊達(かったつ)な言論の場を最大限堅持する重要さを経営幹部はいま一度確認すべきだ。コラムの掲載見送りでも不適当な関与がなされたと言わざるを得ない

◇「経営と編集の分離」原則の徹底

今回の問題の多くは編集に経営が過剰に介入し、読者のための紙面ではなく、朝日新聞社の防衛のための紙面を作ったことが主な原因。介入する場合は最小限、限定的であるべきだ

■報道のあり方 読者の視点で事実に謙虚に

<ポイント>

・社内外からの意見や批判に謙虚に耳を傾け、読者の視点に立って事実と向き合います

・いったん報じた記事を継続的に点検し、誤りは速やかに認めて訂正します

・訂正報道のあり方の抜本的見直しを進めます

・社外からの異論や反論を丁寧に受け止め、「言論の広場」として語り合う紙面を充実します

・「論争的なテーマ」について、継続的な取材の中核となるチームをつくります

・多様な意見を読者に伝え、公正で正確な報道に努めます

一連の問題では、社内外からの意見や批判の声に、謙虚に耳を傾ける姿勢が欠けていました。記者、原稿をみるデスク、編集幹部がそれぞれの意識を問い直し、読者の視点に立って謙虚に事実と向き合います。

記者やデスクは毎日、何を取材するかを考え、どう報じるかを判断しています。先入観や思い込みがあれば、判断を誤ってしまいます。その危うさといつも隣り合わせであることを忘れず、緊張感を持つことの大事さを痛感しています。

このことは、東京電力福島第一原発の事故をめぐる「吉田調書」報道を検証した第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)からも指摘されました。

私たちは、社内でPRCがまとめた見解を読み込む勉強会を始めています。今回の第三者委員会の報告書についてもしっかりと読み込み、記者の研修で取り上げるなどして基本姿勢の再確認を進めていきます。

私たちに一番欠けていたのは、いったん報じた記事への疑問や批判について、継続して点検する姿勢でした。批判に耳を傾け、誤りは速やかに認めて訂正する。こうした意識を社内に浸透させていきます。

今回の問題を受け、訂正報道のあり方について社内で議論を進めています。具体的には、(1)訂正記事の報じ方(2)訂正・おわびなどの基準(3)誤報防止の仕組み(4)デジタル化時代の訂正の周知方法――などです。

今月9日からは訂正記事の書き方を改め、訂正文の末尾に「訂正しておわびします」という表現で「おわび」の気持ちを伝え、必要に応じて誤った理由も説明することにしました。

慰安婦問題に関する過去の報道では、慰安婦と女子挺身(ていしん)隊との混同をどう訂正するかが課題となりました。第三者委員会は、当時は両者の違いがあいまいに認識され、十分に理解されていなかったと指摘しました。

歴史や科学などを扱う記事では、当時の知見に基づいて書かれたものの、年月の経過とともに記事の根拠が揺らいだり、新たな事実が発見されたりすることがあります。

社会的に影響力のある記事が、検証したうえで誤りだったとわかった場合、もし記録から消してしまえば、メディアの誤りという「負の歴史」もなかったことになります。

紙面で記事を訂正するなどの対応をするとともに、過去記事を閲覧するデータベースなどからは安易に削除せず、誤りや新たにわかった事実を「おことわり」をつけて丁寧に説明するという方法もあります。こうした視点を採り入れ、来春までに新たな訂正の提示方法の考え方をまとめ、実行したいと思います。

本社には読者を始め社外の方々から様々な声が寄せられていますが、これまで指摘や意見を紙面に反映する機能は十分とは言えませんでした。

社外の方からの疑問、異論、反論を丁寧に受け止める紙面作りを目指します。

具体的には、読者の観点から、独立した立場で編集部門に意見を伝えるなどの仕組みを来春新設します。また、フォーラム面など「言論の広場」として語り合う機能を充実させます。

社内では、少数による独善に陥らないようにするために、調査報道や大型の企画・特集などは、他部のデスクを含めた輪読会を実施して多方面から記事をチェックする仕組みをつくります。

第三者委員会は、朝日新聞の取材態勢について、特に「意見の分かれる論争的なテーマ」での継続的な報道の重要性を再認識する必要性を強調しました。

「歴史」のように市民の関心が高く、多くの異なる意見があるテーマについては、継続的な取材の中核となるチームをつくります。その中で、社外の有識者を招いて近現代史に向き合う力を養う勉強会を開くなど、多様な見方を反映させます。若い記者の参加により、蓄積した取材結果の継承をはかります。

第三者委員会から、記者一人ひとりが執筆した記事の影響力と責任を再確認することも求められました。記事にはすでに原則として署名をつけていますが、複数の記者がかかわったチーム取材による記事の署名のあり方を再検討します。読者への説明責任を意識し、記者の「顔」が見える紙面を作るよう心がけます。

こうした一連の改革は、長期的な視野に立ち、編集にかかわる全ての社員による自由な議論を通じ、常に見直していきます。

第三者委員会からは「言論の行使に際して萎縮することなく、その社会的責任を十分自覚し、日本の健全なジャーナリズム活動を推進する原動力になってほしい」との励ましもいただきました。

新聞の役割は、正確な事実と多様な意見を読者に伝えることにあります。公正で正確な報道をするよう、今後も努めていきます。

<第三者委の主な指摘・提言 「報道のあり方」について>

◇事実の存否及び意味を吟味する必要性の自覚

企画記事の取材、特に「意見の分かれる論争的なテーマ」については、事実が存在するか十分吟味し、事実を軽視しないよう努める必要がある

◇先入観が事実の選択を誤らせることの自覚

「吉田証言」では思い込みや先入観によって記事の修正を拒む結果を招いた。取材対象を相対化する目を持ち、先入観や思い込みをただし、一方的な事実の見方をしないよう努める必要がある

◇記事の効果の自覚

2014年の検証記事には、誤報の際に必要な謙虚さが感じられない。誤った際には素直な謙虚さを忘れずに報道しなければならない

◇継続的報道の重要性

引き継ぎがあいまいで、重要なテーマであっても、その後の経過や記事の影響をフォローする制度が存在しない。「意見の分かれる論争的なテーマ」の継続的報道の重要性を再確認する

◇記事は読者のためのものであることの自覚

検証記事は自社の立場を弁護する業界内向きのものだった。新聞社に特定の意見がある場合も、きちんと読者に向いて様々な事実を元に説明すべきだ

◇「誤報」があったと判明したときの取り扱い

吉田証言について、どの記事を取り消しの対象とし、どの部分を取り消すのか、論理的な説明がなかった。誤報を回避する体制をつくると同時に誤報が出た場合の事後対応も検討してほしい

◇情報源の選定及び専門家との関係について

複雑で異論も多くある問題については、個人的人間関係に基づく情報のみに依拠する取材体制の再考を。様々な意見の専門家らを集めた勉強会を重ねる仕組みをつくり、取り組みを定期的に社会に開示することも怠らないようお願いしたい

■慰安婦報道 多様な実態、多角的に伝える

<ポイント>

・吉田証言記事などの誤りを長年放置してきたことを改めておわびします

・慰安婦となった女性の多様な実態と謙虚に向き合い、読者にわかりやすく伝える取り組みをより一層進め、多角的な報道を続け、それを海外にも発信していきます

・社内の各部門から記者を集め、継続的に担当する取材班をつくります。社外の識者とも議論を重ね、海外にも記者を派遣します

・いろいろな視点や意見をもつ識者や関係者の見方を紹介するなどし、読者のみなさまがこの問題を考える材料を示していきます

第三者委員会の報告書で厳しい指摘を受けた吉田証言記事などの問題がなぜ起きたのか。大きな誤りは1980~90年代の吉田証言記事のように虚偽性を指摘されたり、92年の「軍関与」の記事につく用語メモのように不正確な点を指摘されたりしたのに、その後も再取材、検証をせずに放置し続けたことです。吉田証言記事は今年になって取り消しましたが、説明が不十分でした。改めておわびします。

97年の特集記事を掲載した際の対応にも問題がありました。信用性が揺らいでいた吉田証言について裏付け取材を尽くし、取り消し・訂正をすべきでした。

私たちは、97年の特集記事で慰安婦の「強制性」について、「女性の『人身の自由』と尊厳が侵害されたこと」と整理しました。しかし、それ以前の吉田証言の誤った記事を総括しないまま、こうした考え方を示した姿勢が、第三者委員会に「議論のすりかえ」と批判される結果になりました。慰安婦問題をめぐる朝日新聞の報道への様々な批判や議論を招いたことを謙虚に受け止めます。

この教訓を踏まえ、慰安婦の実相に謙虚に向き合い、その状況や背景を読者にわかりやすく伝える取り組みを一層進めます。社内の各部門から記者を集め、継続的に担当する取材班をつくります。社外の識者とも議論を重ね、海外にも記者を派遣します。

また、いろいろな視点や意見をもつ識者や関係者の見方を紹介するなどして、読者のみなさまがこの問題を考える材料を示していきます。

慰安婦は将兵の性の相手をさせられた人たちです。その境遇は一様ではありません。植民地や占領地といった地域の違い、戦況によっても異なります。集められ方の経緯もさまざまです。こうした実態を丁寧に取材します。

慰安婦問題をみる視点も時代とともに変わってきています。この問題は、日韓両国間の困難な課題となっています。

一方、国際的には、女性の人権問題として捉える傾向が強まっています。ほかにも、日本の植民地統治や戦時体制との関わり、世界での「軍隊と性」としての視点など、多くの論点があります。

第三者委員会は、朝日新聞の吉田証言記事や、慰安婦報道が国際社会に与えた影響も調査しました。報告書では、岡本行夫委員と北岡伸一委員が朝日新聞などの報道が韓国内の批判的論調に同調したと指摘しました。波多野澄雄委員と林香里委員の検討結果はいずれも、吉田証言記事が韓国に影響を与えなかったことを跡づけたとしました。林委員はまた、朝日新聞の慰安婦報道に関する記事が欧米、韓国に影響を与えたかどうかは認知できないとしています。

慰安婦問題で多角的な報道を続けていきます。海外にも発信し、報道機関としての役割を果たしていきたいと考えます。

元慰安婦の女性たちが、尊厳の回復や救済を求めて声を上げたのは90年代初めでした。私たちは被害者の声を受け止め、繰り返してはならない歴史を伝えていく必要があると感じました。

それから20年余り。高齢の女性たちから証言を聴ける時間は少なくなっています。私たちは、原点に立ち戻り、そのうえで、慰安婦問題についての貴重な証言や国内外の研究成果などを丹念に当たります。

戦後70年となる来年、多角的に歴史を掘り下げる報道をめざします。

<第三者委の主な指摘・提言 「慰安婦報道」について>

◇戦時中に朝鮮で女性を慰安婦として「狩り出した」とする吉田清治氏(故人)の証言を取り上げた記事

裏付け調査を欠いたまま掲載を続け、研究者が疑義を示した92年以降も、現地取材をせず、記事掲載を減らす消極的対応に終始したのは読者の信頼を裏切るもの。97年の特集記事で、訂正・取り消しをせず、謝罪もしなかったのは致命的な誤り

◇「吉田証言」以外の記事

91年8月11日付朝刊(大阪本社版)の「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」の見出しの記事で、「『女子挺身(ていしん)隊』の名で戦場に連行され」たと書いたのは安易かつ不用意。92年1月11日付朝刊の「慰安所 軍関与示す資料」の記事につく用語説明メモは、当時の状況を考慮しても、まとめ方として正確性を欠く

◇慰安婦報道の自社検証

97年の特集記事で、かつて「狭義の強制性」を大々的に報じたことを認めることなく、河野談話に依拠して「広義の強制性」を強調したのは議論のすりかえ。2014年の検証記事で、吉田証言記事を取り消したことに謝罪をしなかったのは、読者に向き合う視点を欠いた。

朝日 2014.12.27